林和靖軕全景
林和靖・唐子・鶴のからくり
本楽の大幕と水引幕
見送り幕の雲竜図
下龍
試楽のライトアップ

軕の沿革
林和靖(りんなせい)軕は、東軕組(東・中町)が所有をする軕です。下川原軕組の永代記録によると、当軕は1762年(宝暦12年)に軕のかたちを整え始め1772~1780年(安永年間)に完成されたようです。口伝では、町内の火災で度々焼け、現在の軕は愛知県名古屋市伝馬町から購入したものと伝わります。しかし、からくりを模写しただけであり、購入は誤伝だともされています。いずれにせよ、伝来についての記録がないため、詳細は不詳です。

からくり
当軕のからくりの物語は、中国の林逋という人物を題材にしています。林逋は北宋の詩人で、北西湖中の孤山に隠棲し、梅を妻とし鶴を子として過ごした詩人です。からくりの物語は、「鶴を追いかける唐子を、林和靖がたしなめる」という名古屋東照宮祭の林和靖車の物語を模写したものです。からくりの動きが曖昧であったため、2002年(平成14年)と2016年(平成28年)に改定をしています。
【林和靖・唐子】1845年(弘化2年)隅田仁兵衛真守作 二代目萬屋仁兵衛氏 修理
【鶴】元来の鶴は作者不明 昭和期若衆作 二代目萬屋仁兵衛氏・萬屋幾三郎氏 復元新調 
【采振り人形】1836年(文久3年)箱書きあり 二代目萬屋仁兵衛氏 修理

幕類
【試樂】黄土色の大幕、注連縄の水引、雲龍図(1965年(昭和40年) 臼杵一穂氏画)
【本樂】猩々緋の大幕、琴棋書画図の水引、雲龍図(龍に金刺繍)
なお、夜軕は試樂と同じ装飾になりますが、見送幕は掲げません。

彫刻
鬼板に金鱗(飛龍)を置き、懸魚に鳳凰、天井には龍の天井板がはめ込まれています。虹梁の前後に雲龍、左右に雲鶴の彫刻があり、早瀬忠兵衛(彫忠)作と伝えられます。支輪の本軕に金箔押しの懸雲人意(雲文)、前軕に素木の同題材が取り付けられています。その端の四方八方に唐獅子、前軕には唐獅子・牡丹が取り付けられています。前狭間彫刻には、巌石落獅子(獅子落とし)、横狭間には、試樂・夜軕に麒麟、本樂には上・下龍を取り付けます。前・横狭間上に千鳥、間の柱に雨龍、軕の腰回りには、螺鈿の枠の中に魚波(波)の飾り板がはめられています。また、本樂の道中のみ、下勾欄の上に玉獅子(唐獅子)を取り付けます。

囃子
当軕の囃子にはシャンギリ・早神樂・本神樂・人形神樂の四曲があり、楽器には締太鼓・大太鼓・小鼓・能管を使用します。戦後、囃子を教えられる担い手が少なかったため、囃子が曖昧になってしまう時期があり、各囃子は戦後より、休止またはテープ化されてしまいました。2011年(平成23年)、町内の若手がシャンギリと早神樂の生演奏を復活させたことをきっかけに、組内での囃子復活への気運が高まり始めました。2016年(平成28年)に若衆が、岐阜市在住の能楽師とともに、シャンギリならびに早神樂を譜面化・改定し、小鼓の復活も成し遂げました。同年に、人形神樂も愛宕神社前のみ復活しました。2017年(平成29年)には、人形神樂の完全生演奏化を実現し、本神樂の楽譜化・改定も行われました。2018年(平成30年)に神前までの道中のみ本神樂を復活させ、2019年(令和元年)に四曲すべての囃子が完全復活を果たしています。

(文:東軕組若衆 服部憲佑)