高田まつりの流れを、軕組の視点からご紹介します。
軕組によって、呼称や役職名が異なりますので、特段の記載がなければ西町軕組を基にしています。

軕をもつ地域を軕組と呼び、西町で西町軕組、東町と中町で東軕組、下川原町で下川原町軕組の3つの軕組を構成しています。

4月頃から、各軕組の活動が本格化します。
まつりに関わる役員である祭事委員が選挙で選出され、愛宕神社に奉仕する神事課も選ばれます。
祭事委員会が開催され、祭事委員の中から、さらに軕組の最高責任者に当たる祭事委員長が選出されます。
祭事委員長は、理事、会計を選任し、あわせて三役と呼称されます。
祭事委員の中から、軕曳委員が選出され、その中から軕曳委員長が選任されます。
その後、貴重品を扱う係、囃子方、人形方、獅子方等の細かい役割が決められ、それぞれ準備を始めます。

祭事委員会は、祭事委員長を長として、軕組全体に関する事項や、他の軕組との渉外活動を担当します。
軕曳委員会は、軕曳委員長を長として、曳軕の運行を担当します。

5月に入ると、軕組やそれぞれの役割も活発になり、何度も寄合を重ねます。夜になると、お囃子、からくり、獅子舞の稽古の音色が商店街に響き渡り、いよいよ高田まつり本番を迎えます。

過去に行われていた活動としては、以下のようなものがありました。
5月5日に「初寄会」を行い、その年の高田まつりに軕を曳き出すかどうかを決めていました。過去には、災害や、不作による資金難等を理由に、軕組単位で軕を曳き出さないということもありました。現在では、毎年曳き軕が行える状況になり「初寄会」は行われなくなりました。
5月17日に「地ならし」を行い、軕を試験的に曳き、軕や道路に不具合がないかの確認が行われていました。道路が舗装されていない頃、運行に支障がある部分は土をかぶせていました。舗装されて以降も名残で行われていましたが、2002年(平成14年)に猩々軕が行ったのを最後に行われていません。
また、かつては、5月18日「試楽」、19日「本楽」と固定日に開催されていましたが、平成に入り、5月の第3土曜日が「試楽」、翌日曜日が「本楽」となりました。

5月第3土曜日「試楽」

午前中:各軕が試楽用の飾りつけを行い、15時まで軕倉前で据え置きます。

15時:3軕曳き出し。

16時20分:下河原軕組が、常盤町神明神社で神楽の奉芸を行います。

17時:西町と中町の境に3軕が集結し『曳き寄せの儀』を行います。各軕組の役員らが、高田まつりの開催を告げ、盛大に、無事に終えることを願います。

19時~21時:軕倉前で3軕がライトアップされます。お囃子の生演奏や、からくり人形の実演が行われる場合もあります。2010年(平成22年)から始まった試みです。

5月第3土曜日の翌日曜日「本楽」

・午前の部

7時頃:各軕が本楽用の飾りつけを行います。その後、役割に応じ、紋付羽織袴、浴衣等に着替えをし、備えます。

9時15分:下河原軕組が、御旅所に神楽獅子を奉芸。神楽獅子軕、林和靖軕、猩々軕の順で愛宕神社に向かい、それぞれ獅子舞、からくり奉芸を行い、商店街の西端まで曳かれ、据え置きます。

11時:愛宕神社本殿で、氏子総代や各軕組の役員らが参列し、宮司により『祝詞の儀』の奏上、舞姫により『浦安の舞』が奉納されます。その後、ご神体が神社から御旅所へ遷られる準備をし、『神幸の儀』に移ります。警護の行列に伴われたご神体行列は商店街を一回りし、御旅所に遷られます。
かつては、お神輿によって御旅所まで遷られていましたが、現在では、神籬台(ひもろぎだい)を用いています。

・午後の部

13時30分:3軕曳き出し。商店街の西端に据え置かれた3軕は、その年の順番で御旅所へ向かいます。道中では、神事課の家、辻道で奉芸。

17時頃:御旅所に向け、最後の奉芸。その後、各軕はすみやかに提灯や雪洞を取り付け、宵軕用の飾りつけを行います。

・宵軕

20時:御旅所ではご神体が本殿に還られる準備をし、『還幸の儀』を行います。ご神体行列の後を、約200個の提灯や雪洞で輝く3軕が、猩々軕、林和靖軕、神楽獅子軕の順で随行します。

21時頃:愛宕神社にて神様をお見送りします。

21時20分:西町と中町の境に曳き寄せられ『曳き別れの儀』を行い、まつりが無事に終了したことを告げ、幕を閉じます。その後、軕倉に戻り、飾りを取り外します。

・軕下ろし(後軕

各軕の日程により、軕を骨組み状態にし、装飾品等を収納箱に収める軕おろし(後軕)が行われます。