軕(やま)は、岐阜県西濃地方のまつりを中心に用いられている独自の呼称で、常用漢字ではありません。東海地方で用いられる、山車(だし)等と類義語です。

軕は、いつから用いられている言葉か定かではありません。高田まつりに関しては、西町軕組に残る古文書から、江戸後期の1836年(弘化3年)から用いられていたことが分かっています。2010年7月2日付の朝日新聞ことばマガジン『岐阜県養老町~「車山」が1文字に 中編~ 菅井保宏氏』によれば、揖斐川町には1871年(明治4年)の古文書に、大垣市発行の「大垣の祭」には1870年(明治3年)の墨書が写真つきで、旧加子母村(現中津川市)でも1909年(明治42年)の文書で軕という字が用いられていたようです。現状では、高田まつりの古文書が最古の使用例と言えるかもしれません。

軕という呼称が用いられるまつりは、垂井曳軕まつり(垂井町)、揖斐祭り(揖斐川町)、大垣祭り(大垣市)、室原祭り(養老町)、綾野祭り(大垣市)、久瀬川祭り(大垣市)等があります。

高田では、軕は幼少期から馴染みある呼称です。他のまつりの山車を、ついつい軕と呼んでしまう場合も多々あります。高田まつり関係者に山車についてとお尋ねいただいても、出汁を連想している場合がありますので、ご容赦ください。

→高田の軕