下河原軕組(神楽連中)が所有するのは、神楽獅子軕(かぐらじしやま)です。地元では、神楽軕、獅子軕とも呼ばれています。

高田祭りの歴史については、下河原軕組(神楽連中)が残した「永代記録」が根拠とされています。

1759年(宝暦9年)6月24日の愛宕神社の祭礼に、若い衆が獅子にわかを奉芸したことがきっかけで、1762年(宝暦12年)に獅子軕を求めました。

1794年(寛政6年)11月20日夜に発生した高田の大火で軕は焼失したと言われています。現在の軕は、1830年(天保元年)に、岐阜県長良北町の軕を約九両一分で購入したものとされていますが、長良北町にはそのような伝承はありません。1834年(天保5年)には、同県大垣市俵町から猩々緋幕を金23両で購入しました。

現在までに1878年(明治11年)に金160円80銭をかけて大規模修理を行い、1912年(明治45年)に主要構造部を金95円20銭をかけて修理。1931年(昭和6年)に金3855円56銭にて軕倉を新築。さらに、1935年(昭和10年)にも修理を行っています。2012年(平成24年)には、81年ぶりに軕倉が建て替えられました。

神楽獅子軕の外観は、屋根が大型の唐破風造りで、他の軕にはない迫力を感じることができます。

本楽では、町の辻々で神楽を奉芸を行います。神楽は3~5人で構成され、交代しながら舞うため、補助も含め10人前後です。この舞は、かなり激しいもので、かつては5人で行われていましたが、現在では3人が連なって後転したりと、難易度の高い技があります。あまりの難しさに、現在では、行われていない技もあるといわれています。

囃子の曲目には、道中囃子の「神明」があり、神楽囃子として「狂乱ノ舞」「お福の舞」「鈴の舞」があります

尚、諸般の事情により、1998年(平成10年)からは、愛宕神社と常盤町でのみ、奉芸時に軕を回転させることにしています。

軕は、最大の高さ6.15m、間口2.96m、奥行3.56mです。