常盤町(旧横町)軕組が所有するのは、照鱗閣軕(しょうりんかくやま)です。高田祭りでは唯一の子ども歌舞伎を奉芸する軕でした。子ども歌舞伎の演目としては、「鎌倉三大記」「大功記十段目」「鎌倉陣屋の段」等がありました。

常盤町軕組は、江戸後期に制作が始まり明治になり高田祭りに加わった比較的新しい軕です。西町・東町の協力を経て完成しています。昭和以前には、子ども歌舞伎の本場、滋賀県長浜より歌舞伎役者を招き、指導を受け、披露をしていました。昭和時代にも数度、披露しましたが、特に戦後になり資金難が深刻化しました。歌舞伎衣装や道具を借りるようになり、それが困難になると、舞台上で子どもを自由に踊らせました。その後、軕を祭礼に曳かなくなり、1974年(昭和49年)に軕の老朽化を理由に正式に廃止されています。現在保管されている軕倉も、元は林和靖軕が収まっていた軕倉です。


照鱗閣軕で行われていた子ども歌舞伎は、養老町室原祭りでも同じ演目が行われていましたが、こちらも1962年(昭和37年)までは毎年まつりで披露されていましたが、以降は不定期披露となり、現時点では養老町制40周年を記念して、1994年(平成6年)行われた子ども歌舞伎が最後となっています。

この軕は、高田祭の進行に準じない巡行をしていたこともあり、他の軕が挟み撃ちにし、そのまま照鱗閣軕が動けなくなってしまうというようないたずらにあったという逸話が残っています。

昭和50年代に行われた調査よりも前に廃止され、軕の高さ・間口・奥行などの基本的な情報すら不明となっていますが、他の3軕に比べると小柄です。廃止後、数年に一度軕の天日干しが行われ、1991年(平成3年)には、飾り付けのみ行ったことがわかっています。現在は地元民有志が軕の状態をみるために、不定期に軕倉を開ける程度となっています。廃止から40年近く経過し、同町出身者でも実際に軕を見た者が少なくなり、伝統文化が失われつつあります。

 

 


 

 

 

 

 


1991年(平成3年)の飾りつけの様子【杉浦氏提供】