愛宕神社とは、養老町高田にある神社で、西町の住民によって、京都の愛宕山の火産霊神(ほむすびのかみ)をお迎えし、防火を願い建立されました。その起源は、江戸中期の1759年(宝暦9年)の祭礼に獅子にわかを奉納した時期から、数年程度前と言われています。

その後、1794年(寛政6年)11月20日夜に発生した「高田の大火」により焼失しています。この火災では、愛宕神社をはじめ、民家など、約400軒が焼失したといわれています。その後、1820年(文政3年)に再建され、8月に遷宮が行われて現在に至ります。

現在は、祭り当日以外にも、西町軕組の寄合所や、お囃子の稽古場として使われています。高田祭り以外にも年末年始をはじめとした各行事は、西町、東町・中町、下河原町の4町が中心的な役割を担います。また、地元西町子ども会のラジオ体操が行われるなど、地域住民には親しみのある神社です。

神社本殿の天井には、龍が描かれていますが、この作品は、地元高田出身の画家、日比野鶴翁の作品です。日比野鶴翁は、南蘋派(写実的な作風)の画家として活躍し、景陽寺の襖絵(養老町高田)、万歳閣軕(同町室原)等が残されています。

本殿北側には、観音堂がありますが、これは明治期における神仏分離の際に別れたものです。

また、愛宕神社の境内にはイチョウがモミジに寄生している珍しい樹木があり、毎年秋には、鮮やかな赤色のモミジと、黄色のイチョウを1本の樹木から見ることができます。