まつりに参加していた頃の照鱗閣軕
2015年9月に撮影された照鱗閣軕
山口会館で展示されている彫刻①
山口会館に展示されている彫刻②

常盤町(横町)軕組が所有していた、照鱗閣軕(しょうりんかくやま)は、高田まつりで唯一の子ども歌舞伎を奉芸する軕でした。

照鱗閣軕は、江戸時代後期に製作が始まり、明治になって高田まつりに参加するようになりました。西町軕組、東軕組の協力を得て完成したといわれています。

昭和以前は子ども歌舞伎の本場である滋賀県長浜から役者を招き指導を受けていました。しかし、昭和に入り資金難に陥り、子ども歌舞伎を毎年披露することができなくなりました。戦後はさらに深刻な資金難になり、歌舞伎衣装や道具を借りるようになり、子ども歌舞伎を行わず、舞台上で子どもたちを自由に踊らせるようになったようです。その後、軕を毎年曳き出すこともできなくなり、1974年(昭和49年)に軕の老朽化を理由に正式に廃止されました。その後、1991年(平成3年)に飾りつけのみを行いました。

軕は現存しており、林和靖軕の旧軕蔵で保存されています。
また、彫刻の一部が山口会館(養老町高田)に展示されています。

照鱗閣軕で行われていた子ども歌舞伎は、室原祭り(養老町室原)でも同じ演目が行われていました。「鎌倉三大記」「大功記十段目」「鎌倉陣屋の段」などの演目が行われた記録が残されています。
※室原祭りも1962年(昭和37年)までは毎年子ども歌舞伎を行っていましたが、以降不定期披露となり、1994年(平成6年)に養老町制40周年を記念した披露が最後となっています。

照鱗閣軕は、明治期に加わった軕で、高田まつりの日程に準じない曳き軕を行っていたため、他の軕が挟み撃ちにし、そのまま動かせなくなったことがあるという逸話が残っています。

昭和50年代に行われた調査よりも前に廃止されたために、軕の高さや間口、奥行きなど基本的な情報すら不明です。

2015年(平成27年)9月6日に、高田まつり関係者有志によって軕蔵が開けられ、現状確認が行われました。

1991年(平成3年)の飾りつけの様子【杉浦様提供】