猩々軕で最も大切に扱われ、誇るべき美術品は「立川流彫刻」です。
立川流とは、江戸時代後期に信州諏訪を拠点に活躍した彫刻師の一門です。当時の彫刻は、精巧ではあるものの表面的な自然観を手際よく彫るものが主流で、重厚感や迫力がなかったと言われています。こうした中で、個性的で鋭い白木彫りを作風としており、几帳面で計画性があり豊かな人材が多く、絵画、書道、作法などの心身の修養に勤めていた立川流は、人々からの信頼を得たことも相まって、全国にその名を広めました。
猩々軕の彫刻は、立川流彫刻師2代目立川和四朗郎富昌と、3代目立川和四郎富重と弟の専四郎富種に父兄弟による作品で、1845年(弘化2年)~1852年(嘉永5年)の約7年間にわたり製作されたものです。すべての彫刻は欅の1枚彫りで、重厚でありながらもとても繊細な作品です。
当時の立川流一門との書状26通は現在でも残されており、遠方の発注ということもあり力を入れて製作するとの意気込みや、下絵を作成した上で製作を始めたこと。領主からの急な発注があり製作が遅れていることを詫びていることが記されています。

立川流彫刻以外にも、地元高田の彫刻師、早瀬忠兵衛藤原重興(通称、彫忠)の作品も取り入れています。1785年(天明5年)に生まれ、1840年(天保11年)7月8日に没するまで、東軕組(諸説あり)、蓮光寺(養老町直江)、専念寺(養老町高田)、浄誓寺(養老町下笠)、在徳寺(養老町柏尾)等に作品を遺している。

この彫刻作品39面は、1956年(昭和31年)に岐阜県指定の重要文化財に指定されています。


立川流彫刻解説

・十二支(6面)
本軕掛輪台(本軕の中段上部)に取り付けられる彫刻で、1面に2種類の干支で構成されています。
「馬と猿」「羊と猪」「兎と蛇」「虎と龍」「犬と鶏」「牛と鼠」の組み合わせです。

・乱獅子(6面)
前軕正面に6面及び側面に2面取り付けられる彫刻です。乱獅子は、立川流が得意とした作品の一つで、高山祭の五台山など多くの作品が残されています。

・水遊諸鳥(16面)
軕下段の腰回り部分の四方にはめ込まれた彫刻で、「オシドリ」「カワヒラ」等の鳥類の他に石亀等もあります。

・鉄拐(てっかい)仙人(1面)
軕を正面から見て左側正面に取り付けられる試楽用の替え狭間彫刻です。隋代の仙人で、姓は李、名は洪水。ある日、魂と体を分離させて遠方にいる老いた子どもを訪ねた。その間に弟子が勝手に鉄拐の体を火葬したために魂が帰る体を失ったため、物乞いの屍に乗り移ったという故事を題材にしており、破れた着物をまとい、自分の魂である小人を吐き出す姿を表しています。本楽に用いられる見送り幕も鉄拐仙人を題材としています。

・蝦蟇(がま)仙人(1面)
軕を正面から見て右側正面に取り付けられる試楽用の替え狭間彫刻です。大きな蛙を仙人が肩車している様子を表しており、題材は中国仙人列伝に登場する渤海の仙人、劉拐蟾(りゅうかいせん)です。背後の植物は「アオキ」に近いものの詳細はわかっていません。

・猩々(2面)
軕を正面から見て左右側面に取り付けられる試楽用の替え狭間彫刻で、左側には大盃いっぱいに注がれた酒を両手に受け酔っぱらう様子を表しており、上部の植物は酒を造るための「クワ」。右側には酒壺を前に柄杓を肩に担いで酔っぱらう姿を表しており、上部の植物は「ユズリハ」です。両方の彫刻の下部の植物は「ツタ」と推測されています。

・花鳥(2面)
軕を正面から見て左右正面に取り付けられる本楽用の替え狭間彫刻です。左側はオウム科の「テンジクバタン」。上部の植物は「ザクロ」、下部の植物は「キク」。右側の中央にはオウム科の「コバタン」、上部にはインコ科の「サトウチョウ」。上部の植物は「ザクロ」、下部の植物は「ササ」である。当時としては珍しい渡来動植物が題材となっています。

左:雌(静)、右:雄(動)

・松鷲(2面)
立川流彫刻の最高傑作、軕彫刻の最高傑作等の呼び名があるのが松鷲です。軕を正面から見て左右側面に取り付けられる本楽用の替え狭間彫刻で、使用されている木材は、縦136.1cm、横55.5cm、奥行20cmの分厚い1枚の欅が使われている彫り物です。主題植物の松は「ゴヨウマツ」、下部の植物は「ショクナゲ」の葉、「ナズナ」等と推測されています。鷲は。本州に住む「イヌワシ」と推測され、鋭い目、鋭利なくちばしや爪、大型の翼など、精巧に表現されています。左側に毅然とたたずむ雌、右側に今にも獲物に飛びかかろうとする雄は、雄と雌、動と静を対の意味合いを表しています。
2008年(平成18年)の調査により、2代目立川和四郎富昌と、3代目和四郎重の親子作品であることがわかりました。


早瀬忠兵衛藤原重興(彫忠)の彫刻解説

・蛙股龍(4面)
上段屋根の四方の柱と柱に取り付けられている彫刻。

正面
正面左
正面右
背面